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サナギとサナギで、pupaの話 第2回 高田漣×高橋幸宏(前編)
2008年4月28日
pupaメンバーは、みなさん売れっ子の方々ばかりで、スケジュールを合わせるのが本当に大変。
サナギ話第二弾にご登場の高田漣さんもご多分にもれず、ペダル・スティールを小脇に抱え(んなこたーない)、今日は東へ明日は西、と、大活躍の毎日。
pupaメンバーの中では最年少にもかかわらず、そのキャリアは他の方々に決してひけをとらず、「ひょっとしたら精神年齢はみんなの中でも一番上?」と思わせる落ち着きぶりとオトナ度の持ち主です。
2006年5月に行なわれた幸宏の銀座・アップルストアでのライブ・サポートとして参加して以来、その後のBlue Moon Blueツアー、昨年のHAS@横浜と、ますます関係は深まるばかりですが、本作では、がっぷり4つに組むことになりました。さてさて、そんなふたりにとって、pupaレコーディングはどんな具合だったのでしょう。
「最初に自分の思い描いていたことが、幸宏さんとの仕事の現場で初めて、ちゃんと実践できたっていう気がします」
高橋 ペダル・スティールっていうと、やっぱりカントリーのイメージが強いんだけど、漣くんは実はあんまりカントリーをやったことがないんでしょ?
高田 そうなんです(笑)。いわゆるその、オーセンティックなペダル・スティールの演奏を聴くのは、決して嫌いじゃないんですけど、自分にはあんまり向いてないっていうか。だから、スタジオに呼ばれても、「ペダル・スティールっぽく」ていうリクエストが一番困る(笑)。もともとが、そういうことで始めたわけじゃなかったから。なんかこう、漠然とだったんですよね、ブライアン・イーノの『Apollo: Atmospheres & Soundtracks』とかを聴いていて、なんとなくペダル・スティールをやってみようっていうのが最初にあって。
高橋 (楽器の)大きさが良かったんでしょ? クラフトワーク的だと思ったって言ってたよね。でも、そんな人、あんまりいないよね(笑)。クラフトワークからペダル・スティールを連想して、それがその楽器を始めるきっかけになったなんて。
高田 絶対にそういうサウンドに合うはずだと思って。それからは日々、あの......仕事のない日は家で、「こういうサウンドにしたら合うんじゃないか」っていうような作業を、しこしことやってたんですけど。研究と称して。
高橋 昔ね、(内田)裕也さんのフラワーズが、まだフラワー・トラベリング・バンドじゃなくてフラワーズだった頃に、ジャニス・ジョプリンのコピーをかたっぱしからやってたのね。そのときのリード・ギターがペダル・スティールにディストーションかけてたの。
高田 へー!!
高橋 そうすると、当時の僕たちじゃ考えられないくらい、きちっと再現できてるわけ。チョーキングとかも、そっちの方が楽だろうしね。僕らがまだアマチュアで、対バンでその演奏を聴いてるとさ、ギターはすごく音が伸びるし、フィード・バックもすごい。完璧コピーだなと思ってたら、そういうワザを使っていた。簡単に言うとE-BOW(ギターなどの弦楽器で、電気的に音の伸びを増幅させる機材)を使ってるようなもんで(笑)。......漣くんの音には、そういうイメージもあったんです。ペダル・スティールは確かにいろんなことができるはずだなとは思っていました。
高田 自分の中でのペダル・スティールは、シンセとエレキ・ギターの狭間の楽器っていうか。でも、幸宏さんと仕事するようになる前までの現場では、仮にそれっぽい音を出しても、面白いとは言われてもあんまり採用されることはなかったんですよ(笑)。まぁその場所場所でギミックとしては使えたけど、そこどまりっていうか。それが、幸宏さんとの場合は、それまで試せなかったことが、もう、全部試せた。特に、あのBlue Moon Blueのツアーのあとの<美術館シリーズ>の時は、ほんとに、何でも受け入れてもらえる状態だったので。そこで今まで自分なりにやってきたことを、全部ステージでもう一度試せたっていうか、その感じがそのまんま、そのあとのHAS(パシフィコ横浜公演)や、今回のレコーデイングなんかに、上手くつながっていったっていう。そんな感じがしますね。それはつまり、自分のやってきたことよりも、もっとこう、なんというのかな......最初に思い描いてたものを、はじめてちゃんと実践できたっていうか......自分のソロでもそこまではまだ踏み込めてなかったところに行けたというか。自分の最初の思いつきも、あながち間違いではなかったのかなという、そういう自信になりました、すごく。
高橋 今回一緒にやってみてつくづく思ったんだけど、漣くんは聴いている音楽の幅がすごく広いのね。その間口が。歳のわりに、ものすごくいろいろなものを聴いていて、だから僕とでもいろんな話が通じる。すごいやりやすいのと同時に、たぶんこれからそれを漣くん自身が絞り込んでいくのかなっていうふうにも想う。そんなことを、きっと今も考えているんだろうなと。もちろん何かひとつに絞りこまなきゃいけないっていうことはないし、どんどんスタイルを変えていってもいい。いやむしろそうすべきだろうし、そういうことのきっかけに、このpupaがなればいいかなぁと、そんなことをレコーディングの途中から思い始めて。それは連くんに限らずで、だからメンバーそれぞれの曲にはあんまり口は出さないで......最初のうちはいろいろと口出してたんですけどね(笑)、B型たちにまかせて(笑)。それで、ある程度進んだところで、最後に、要所要所だけ言えばいいかなってふうになってきて。
高田 確かにそうかもしれませんね。僕が今回、レコーディングしていて思ったのは、それぞれの曲の、出だしから向かっていく方向、それがそれぞれ微妙に、しかもまったく違っているんだけど(笑)、でもどこかで相互作用しあっいてるという、そんな気がしましたね。今回のレコーディングは、一曲ずつ仕上げていったっていうよりも、ひととおりの曲が出揃って、そのすべての第一段階を終えたら、次の段階へ、そして第三段階、っていうようなやり方だったから、一曲一曲、段階を経るごとに、みんなそれぞれに影響しあうようになっていったというか、結果としてそうなりましたね。たとえばコーラスの使い方とかも、あの曲ではこれを試せなかったから、じゃぁこっちでとか、わりとどの曲にもそういうことがあったような気がします。
高橋 普通、こういったユニットのようなものをプロデューシングするときっていうのは、その統一感みたいなものを出したいときに、ふりかけ的とでもいうか、コード展開なんかのいわゆる上(うわ)モノでやっていくんだけど、pupaの場合はね、それが骨組み、つまり、リズムとか音色とか、そういう部分の共通点に暗黙の了解があったから、聴いてて、無理がないの。
高田 それに、幸宏さんは、受け口が広いんですよ、いろんな引き出しもあるし。僕ら若いメンバーの言うことにちゃんと反応してくれるし。僕もあんまり気にせずに、ぽんぽんと自分の考えを出せたんで、そういう点でのストレスは全然なかった。バンドを始めるって聞いたときは、必ずしもメンバーみんなと面識があったわけではなかったんですけど、幸宏さんが媒介になって、いろんな人をつなげてくれてたっていうか。それがある時期からはそれを超えたっていうだけじゃなく、何かこう全部がぐちゃっと一緒になったっていうか(笑)、知世さんももちろん含めて、ですけど。
高橋 でも、それはやっぱりみんながレコーディングに集まるようになってからだよね、あの祐天寺のスタジオから、急に。
高田 それまではみんな自宅で作業して、それを権藤くんのスタジオに持っていって、幸宏さんがそういう意味ではインターフェース、仲介役で、幸宏さんに聴いてもらって戻ってくるっていう作業だったんで、まだ、バンドではないというか、ひとつ同じ回路は通ってるんだけど、まだバラバラのものだった。それが、やっぱり全員がそろった時点で、みんなが「風呂敷を広げはじめた」っていうか。だって、あの時点まで堀江くんも鍵盤をろくに弾いてないし、僕もペダル・スティールも弾いてないし、幸宏さんもドラムたたいてないし、みんな一番の核心はまだ出してなかったんで。
高橋 そうそう。で、みんなが集まるようになってからは、たとえばその日スタジオで出来たものについて「じゃあ、これにペダル・スティール、ちょっとうちで考えてきます」って持って帰って、次回には、ぽーんとデータ貼り付けて持ってきてくれるわけね。そのときにはもう曲の方向性は決まってるわけだから、バッチリはまる、と。なるほどこのやり方は有効なんだなっていう、ね。そうなってからのレコーディングはすごく楽しかったな。
高田 僕は、最初の頃は、まあ、普通にこなしてたというか、一応......一応っていうのも、あれですけど、一応締切ってものもあるはずだから、ちゃんと作業を進めていこうと思ってたんですけど。あのふたりの進め方に途中から巻き込まれて、こう、あの人たちのペースに呑まれたっていうか(笑)
高橋 あのふたりっていうのは......、
高田 権ちゃんと堀江くん。
高橋 自由行動のふたり(笑)。
高田 いい意味でゆっくりだし、また、ある意味しつこいっていうか、納得がいくまでやりこむし、それがその、いい部分もあるし、悪い部分もあると思うんですけど。
高橋 でも、いざ集中するとB型の集中力すごいね。堀江くんとかも、普段は「ちゃんと聞いてたのかな?」っていうところもあるんだけど、一度集中し始めると、音一個一個の細かさとか、音に対するこだわりのようなところに、すごいセンスが光るときがあって。それは全員そうだね。
高田 なんか、みんなそれぞれ気にしてる部分が、いい意味で違うのが面白いんですよ。だから、全員の意見をうまく融合するまでにはすごい時間はかかるんですけど、その分できあがったときは、すごいいいものになっている。堀江くんの場合は、メロディのラインとかなんとかっていうよりも、全体の響きっていうか......なんて言ったらいいのかな、なんか、そういうところが見えて。高野さんはもう少しその......、上手くいえないけど、気持ちっていうのかな、歌の部分を大事にしているように思う。知世さんは、いつもこう、一歩引いてるというか、みんなをうまく、立てよう立てようっていう、、全員のバランスみたいなものをいつも見てたりといった具合で。みんな、それぞれのものさしが、やっぱり全然ちがうんですね。
高橋 今回、知世ちゃんには、ミュージシャンとして、アーティストとしての主張というのかな、そういうものが感じられたよね。
高田 ありましたね。
高橋 もちろん彼女は音楽の分野でのキャリアも長い人だけど、それだけでなく、やっぱりすごい勉強家で。例えば、ある曲のボーカルでは、海外の今っぽい感じでやりたいってことで、高ドリをしている(あえて、ややシャープ気味に歌うこと)CDをいろいろ聴いてみて、練習してみたって言ってたし。
高田 すごい練習熱心だし、正直、あんなに集中してやってもらえるとは思わなかったっていうぐらいやってましたね。スタジオもほとんどいつも最初から最後までいるし。
高橋 そうだね。スケジュールが許すかぎりは必ずいてくれたしね。でも、彼女がいるとなごむ......んじゃなくて、どっちかっていうと緊張するんだよね、みんな(笑)。なんか結構見られてる感じがして。そう、バカはできないぞっていう(笑)。
高田 監視されてますからね(笑)。でもそういうバランスも良かったのかもしれない。なんかね。
高橋 僕らの中では、あの、若女将っていうかね。そんな存在。このあいだ高野くんは副院長ってことになったけど、その副院長に若女将、みたいな。院長先生のことは、あんまりみんな当てにしていないバンド(笑)。漣くんはね......本当は下足番なはずなんだよね(笑)、年齢的には。
高田 (笑)そうですね。
高橋 なのに、なんか結構仕切っちゃって(笑)。
高田 流れてきた感じですかね。
高橋 そうそうそう、"流れ板"的な。実はすごい腕前のフリーの板前さんでね。温泉場なんかを渡り歩いて、「あの旅館は今ひとつご飯がな......」っていうようなところに雇われては、いい仕事して去っていく、みたいな(笑)。あの板さん、押さえとかなきゃって。
高田 もはや病院食じゃなくなっちゃった感じですよね(笑)。
高橋 病院食に置き換えても言えるよ。知世ちゃんは、美人の婦長さんでしょ。漣くんは技師だよね。麻酔科でもいいし、レントゲン科とかとかそっち系でもいいし。腕が良くないとダメで、診療ミスがあったら一番まずい分野を担当して、きちっとできている。そこが堀江くんや権ちゃんだと、ちょっと大変なことになっちゃうみたいなさ(笑)。ふたりとも天才肌だけどね、ある手術にかけては世界一!っていう具合の。
(後編につづく)
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